松潤みたいにしてください
美容院が苦手だ。
髪を綺麗に整えてもらうのは好きだ。
帰ったその日の夜は髪を濡らさないように、シャワーキャップを被って慎重にお風呂に入るのも何だか風情があって好きだ。
3、4日経って、切りたての時よりも前髪がしっくりくるのも。
行ったら満足するのに、予約にこぎつけるまでの足が重いのだ。
席に座るなり、第一の関門が訪れる。
「今日はどうしますか?」
髪型を変えるのには勇気がいる。
この世界には真理があると思っていて、ヘアカタログを見ていて「この髪型いいな」と思う時は、だいたいそのモデルが美人で可愛いのだ。
安易に所望すると、顔面の「テイスト」の違いにより仕上がりにかなりの差が出る。
だからいつも、無難な髪型を選んでしまう。
「前髪は…目の上くらいで…適当に揃えてください」
そもそも美容師さんとの会話の具合が難しい。
最近楽しみにしている予定やハマっている趣味の話なんかで盛り上げようとしてくれる。
こちらは筋金入りの八方美人なので、来月スペイン旅行に行くことや野球観戦をしたことを話して、序盤はそこそこ話を繋ぐ。
段々しんどくなってきて、雑誌に集中している感じを出し、そっとしてくれるのを待つ。
しばしの気まずい時間。
仕上がったら後ろ姿を鏡を見せてもらったりして「わあ、軽くなった!」とか何とか言って喜んで見せる。
向こうにとってはたくさんの客のうちの一人、あまり考えていないのだろうが、こちらは色々と考えてしまってそれもまた居心地悪い。
そんな私には弟がおり、先日帰宅した彼を出迎えると髪型が朝と変わっていた。
美容院に行ってきたらしい。
「へえーそれいいじゃん、何てオーダーしたの?」
「このドラマの時の松潤みたいにしてくださいって言ってみた」
「松潤みたいにしてください」…
ちょっとお洒落な髪型で無邪気に報告する、お世辞にも松潤に似ているとはいえない顔。
弟にはかないそうにもない。