くまだかいぬだか

「いま、ここ」を飛び出したい。物語が好き。

今だからこそ読む『桐島、部活やめるってよ』

バレー部の「頼れるキャプテン」桐島が突然部活をやめた。

それがきっかけで、田舎の県立高校に通う5人の生活に、小さな、しかし確実な波紋が広がっていく。

物語をなぞるうち、いつしか「あの頃」の自分が踏み出した「一歩」に思い当たる……。

世代を超えて胸に迫る、青春オムニバス小説。

桐島、部活やめるってよ「TOP」

朝井リョウのデビュー作。

ちょっとした機会があって読み返してみた。

2010年の刊行なので、今年でちょうど10年前の作品ということになる。

出た当初かなり話題になったと記憶しているんだけど、高校生当事者だった私には刺激が強すぎるような気がして、数年後大学生になってから読んだ。正解だった。

高校生活がざらざらとした手触りそのままに差し出されている感じがする。

痛みを伴うリアルさというか。

2番目の「沢島亜矢」の話が特に好きなんだけど、チャットモンチーの『風吹けば恋」とかaikoの『気付かれないように』とか出てくる曲がいちいちエモすぎる。

2010年前後に女子高生をしてた人はほぼ必ず履修してたアーティストたちだと思う。

スマホも出始めた頃で(iPhoneがまだ4sとか)、今みたいにサブスクとかYouTubeで簡単に曲を聴いたりできなくて、ツタヤでCDを借りてiPodに入れてた。

逆に今の高校生みんなが(継続的に)聴いているアーティストっているんだろうか。

アクセスできる曲の選択肢が多い分「世代の曲」ってあんまりない気がする。

一部バズる曲か、その他かみたいな。ドルチェアンドガッバーナとかね。

でももう現役高校生とはだいぶ年齢が離れてしまったので実際どうなのかわからなくて悲しい。

閑話休題

『桐島』のリアルなところを他に挙げるとすると、舞台が進学校だってことだと思う。

可愛くてかっこよくて彼氏彼女と毎日遊んでて制服着崩してて、みたいなキラキラした高校生がたくさん出てくるけど、全員そこそこ勉強できるというのが地味に刺さる。

確かにここは進学校だけど、俺は別に医学部に進もうなんだなんて考えてない。東京のそこそこの私立大学に行って毎日楽しく騒ぎたい。

俺はMARCHのどこかに行ければバンバンザイ、早慶上智も一応受けて偶然受かったら最高だな、くらい。

中学校のスクールカーストで上にいた子達って、あんまり勉強できないけど可愛かったりかっこよかったりスポーツできたりなタイプが多かった気がする。

だから自分が「上」じゃなくても、勉強して自分の学力に見合った高校に行けば自分と同じようなタイプの人たちが集まっているんだろうな、って思いがちだ。

そうでもないですかね?とりあえず私はそう思っていた。

隙あらば自分語りするけど、中学時代の私は気の強い女子の集まる運動部に入っていたせいでなんとなく可もなく不可もない中くらいの位置に引っかかっていた(と思う)。

それで素敵な高校生活を夢見てまあまあ勉強してそこそこの自称進学校に入った。

でいざ高校に入ると、スクールカースト的なものはどこにでも立ち現れてくるのだという事実を発見する。

頭のレベルが同じくらいな分、余計に強調されたスクールカーストというか。

可愛くてかっこよくて彼氏彼女と毎日遊んでて制服着崩してて、放課後は校則で禁止のバイトして、みたいな人たちが結構勉強できて指定校推薦でMARCH行ったりするわけで、これが世間というものかと思った記憶。

ちなみに中国の高校では皆が大学受験に一生懸命すぎて、スクールカーストなんてものが作られる暇もないらしい。それはそれでどうなのかという気もする。

だから『桐島』の描く「ある程度なんでも卒なくこなす人たちの集団の中のスクールカースト」は私にとって結構リアルで記憶をえぐられる感じがして怖かった。

最近はコロナのせいで学校通えなかったり体育祭がなくなったり、私たちの高校生活を返して!って声がメディアで取り上げられがちだけど、そう思っている高校生がいる一方で、学校なくなってよかった〜って安心してる人も絶対いるよなと思う。

これを機に今後「学校」というシステムは変化していくような気がしている。

『桐島』はすでに、10年前の「懐かしい」高校生活の記録となっているんじゃないだろうか。

映画版も評判が良かったはずなのでいつか観てみたい。